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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)339号 判決

被告人

朴厚南又は広山こと

新井安夫

外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審において生じた訴訟費用は被告人古田多米治の負担とする。

理由

江口弁護人の控訴趣意第一点について。

(イ)  原判決が判示第一の本件強盜傷人の犯罪事実中被告人新井安夫に関する部分の認定につき同被告人の司法警察員に対する自白(同被告人並に相被告人古田多米治の共同犯行について)の供述調書を証拠に採つていることは所論の通りであるが、

右供述調書はその体裁、記載の供述態樣から観て何等その供述の任意性を疑うべき点は認められない、なるほど同供述調書は昭和二十四年四月三十日美濃町警察署司法警察員警部補下野正雄の作成に係ることは同調書の記載によつて明らかであり、またそれまでの同被告人に対する逮捕状、次で勾留状による勾束とその取調の日数場所的経過(ことにその間同人が犯行を否認していたこと)が所論の如くであることは原審公判(第三回)調書中証人和田義弘(右警察署巡査部長)の供述記載並に記録中の逮捕状、勾留状の各記載等に徴してこれを窺い得べく、なお相被告人古田に対する逮捕、勾留、その取調、被告人新井の弟に対する取調等に関する点が仮りに所論の如くであつたとしても、これがため直ちに被告人新井の前記自白につき任意にされたものでない疑を生ぜしむべきものではなく、却て右証人和田の供述記載を檢討すれば右の間同警察署において何等無理な取調をしたような形跡がなく、右自白は任意にされたものであることを首肯するに足り、他に記録を精査するも右自白の任意性に疑を狹むべき点は何等存しない結局右被告人新井の供述調書についてはその任意性を疑うべき余地がないので、刑事訴訟法第三百二十二條第一項によりその証拠能力を認め得べく、原判決がこれを採つて罪証に供したのは正当であつて、所論は採ることを得ない。

(ロ)  次に原判決が同じく被告人新井の右犯罪事実の認定につき相被告人古田多米治の檢察官に対する供述調書を証拠に採つていることも所論の通りである。

而して右被告人両名は本件において右強盜傷人の犯罪事実につき共犯たる共同被告人として起訴されているのであるが、被告人古田の右檢察官に対する供述調書については原審において檢察官のこれが取調請求に対し被告人新井の弁護人(江口三五)が異議を述べこれを証拠とするに同意しなかつたことは同公判(第三回)調書の記載により看取し得られるのであつて、かゝる場合右供述調書は被告人新井に対する関係においては刑事訴訟法第三百二十一條第一項の被告人以外の者の供述を録取した書面となることは所論の通りである、從て同供述調書については右同條第一項第二号によりその証拠能力を決めるべきものというべく、そこで同供述調書を観ると被告人古田は檢察官に対し前記犯行が同人と右新井との共同によつてなされたことを供述したものであることはその記載内容に徴して明らかであるが、右古田はその後原審公判において同犯行が自分と永田某との共同によつたもので新井は何等共犯者でない旨供述し裁判長等の重ねての質問に対し同樣の供述をもつて終始していることは同各公判調書(特に第六、第七回)により認め得るのであるから、被告人新井に対する関係において古田は右公判期日において前の檢察官の面前における供述と相反し若くは実質的に異なつた供述をしたものと言い得るのである、而して右両者につきその供述の態樣を比較し、被告人新井の司法警察員に対する供述調書につき前段において叙説したところを照合し、その他本件記録並に原裁判所において取り調べた証拠に現われているところを参酌すれば、右公判期日における供述よりも前の檢察官の面前における供述を信用すべき特別の情況の存するものと爲すに充分である、而して右古田の公判期日における供述は被告人としてなされたものであることは前記公判調書により明らかであるが、この場合にも刑事訴訟法第三百二十一條第一項第二号後段の適用あるものと解すべく、同人の前記供述調書は被告人新井に対する関係において右の規定によりこれを証拠とするに妨げないものというべきである。そして原判決も右の趣旨によつて同供述調書を前記の如く罪証に供したものであることは同判決が特にその証拠説明において前記犯罪事実につき被告人両名の各自に対する関係に分けて挙証しているのによつて自らこれを知るに足りる、故にこの点においても原判決は正当であつて所論は採るに足らない。

(弁護人江口三五の控訴趣意)

第一、原判決は証拠能力のない書類を証拠とした違法がある。

一、被告人新井安夫(以下單に新井と略称する)の司法警察員に対する供述調書。

これは刑訴法三一九條一項に所謂「任意にされたものでない疑のある自白」であつて絶対に証拠能力がない。從つて刑訴法三〇一條によつて最后に取調を請求しうるものでもない。

「任意にされたものでない疑」は、

(中略)

(ニ)昭和二十四年四月二十五日古田に勾留状。

同日午前五時新井に逮捕状。

新井否認。

同日搜索、差押許可状により庖丁(証九)、ナワ(証一〇)を押收。

(ホ)四月二十七日新井岐阜にて勾留訊問。否認。

そのためミノ町警察へつれ戻し、

(ヘ)四月三十日午後八時より翌五月一日午前八時までブツ通しで調べられて新井の右自白調書が四月三十日付で作成された。

(ト)自白したので五月二日岐阜市タカミ拘置支所へ移された(同所の証明書の通り)

丸七日間ミノ町警察に留置しておいて八日目に自白したことになつている。

(チ)五月六日檢察官の取調あり、否認。

(リ)五月七日起訴

以上要するに勾留訊問のためわざわざ岐阜へつれて來たものを否認したゝめ又ミノ町警察へつれ戻し丸七日間警察に留置し、夜から朝にかけブツ通しに調べて、自白したので、すぐ岐阜の拘置所へつれて來たという経過である。

警察の取調べでもずつと否認しつゞけていたことは巡査部長の法廷の証言でも明白である。

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